接客業や営業職など、お客様と関わる仕事をしていらっしゃる方は、大失敗をしてご迷惑をおかけしたお客様やちょっとした出来事で喜びや楽しさを共有したお客様、とてもお世話になったクライアントなど、何年経っても忘れられない、こころに住み着いているお客様はいませんか?

私には、飛行機内で会った、忘れられないお客様がお二人います。そのうちのお一人の方は、私がCAとしてフライトをしはじめてすぐに出会ったお客様です。

 

最初で最後、お客様に“お茶こぼし”をした日

CA(客室乗務員)としてフライトをするようになって3か月目、行先ははっきり覚えていませんが、たぶんロサンジェルス行きのビジネスクラスの担当でした。ビジネスクラスは新人CAからしたら、気難しそうな、のろのろやっていては怒られそうな厳しいビジネスマンばかりの場所、というイメージがあり、「今日はビジネスクラスお願いね」と先輩に言われた瞬間から、緊張は高まるばかりでした。

すこし年配の、そのお客様は通路側のC席で、静かに単行本を読みながら、注文した飲み物を待っていました。そこへ、そのお客様の注文した熱い日本茶とおつまみをトレイに載せて、たどたどした様子の新人CA(私)がやってきました。
「お客様、温かい日本茶をお持ちしました」と言いながら、椅子の肘かけから2つ折りになったテーブルを引き出し、広げたテーブルにお茶とおつまみを置いて「失礼いたします」と立ち去ろうとしました。

するとその次の瞬間、テーブルに置いた茶碗と茶托がするするとテーブルを滑ったかと思うと同時に「熱っ!」というお客様の叫び声。私も同時に思わず大きな声で「あっ!申し訳ございません」と叫びながら、慌てて持っていたトレイを床に置き、お客様の状況を確認しました。

お腹のあたりに熱いお茶がかかってしまった、シャツとカーディガンを汚してしまったこと、びっくりした拍子に読んでいた本を破ってしまったこと、という状況が確認できました。そこで、

「お客様、大変申し訳ございません。今ひやすものをお待ちします」と言って氷とおしぼりを取りにギャレー(機内で食事の用意をするところ)に行き、クルーに一報をしてすぐにお客様のところに戻りました。

お客様は落ち着いている様子でした。「お茶がかかってしまったところはしばらくこの氷おしぼりで冷やしていただいて、そのあとでお洋服のシミ抜きなどは対応いたします。あ、本のページが破れてしまっていますね、機内にはテープしかないのですが、テープで貼りましょうか?」とお客様に謝罪しお話ししました。

すると、お客様は思いのほか怒っておらず、「ああ、大丈夫だよ。服はいいから。そうだね、本直してもらおうかな」と怒るどころか笑顔でこう言ってくださったのです。さらに、「テーブルがちょっと曲がっているようだから、直したほうがいいね」と私をかばうような発言までしてくださいました。私も茶碗が滑っていくところを見て、テーブルの折り目がおかしい、とは思いましたが、お茶を置く前に気づくべきだった、甘かったと反省していたところだったので、お客様の優しさに逆にこころがきゅっと締め付けられるような想いを感じました。

責任者の謝罪でお客様が急変

ビジネスクラス内で起こった出来事だったので、当然クラス責任者であるパーサーがお詫びにいかなくてはなりません。私から状況を詳細に聞き、お客様のところへ謝罪に行きました。

パーサーは、この度は新人のミスでお客様にけがをさせそうになったこと、不快な思いをさせてしまったことについてお詫びしました。お客様は「このテーブルが曲がってたせいで、あの新人さんのせいじゃないよ」とそこでも私をかばう発言をしてくれました。しかしそこはパーサーとしてプロとして厳しく捉え、「テーブルの故障に気づけなかったのも含めて、担当CAの未熟さによるもの」とお詫びしました。さらにお客様が「もう大丈夫だからいいよ」とおっしゃったところに、あとでやけどの傷ができては大変だから、と少し無理やりお腹を冷やす氷水とおしぼりをお客様の席近くに置きました。またお客様が「そうそう、この本あの子が直してくれるって言ってたから、渡しておいて」と破れた本をパーサーに差し出したところ、「こちらの本も会社で弁償させていただきます」と言ったところ、それまで「いいよ、いいよ」と言っていたお客様が急変し、「きみは何もわかっていない!」とパーサーを叱ったのです。

お客様が求めていたもの

ギャレー(機内で食事の用意をするところ)から様子をうかがっていた私は、お客様がなぜパーサーを怒ったのかを考えました。そして、お客様のところへ行き、お話を伺いました。

お客様は、3点の不満を話してくださいました。1つ目は、仕事のミスはいろいろな経緯で起こり、今回も一人の単純なミスではないにも関わらず、パーサーが新人のミス、という説明をしたこと、責任感で謝罪しているようで、一人に責任を押し付けている感じがしたことが違和感を感じた、2つ目はもういい、と言っているのに、聞く耳を持たず、やけどの処置をしていたこと、3つ目は、破れた本を直す、という話になっていたのに、弁償します、と言い出して、直ればいいことでそんなことは全く望んでいないのに、押し付けてきたこと、これらすべて望んでいなかったことだったと説明してくださいました。

お客様は、ただ自分の声、望むことを聞いてほしかっただけでした。それが、仕事に慣れてしまっているパーサーがいわゆる「事例の処理」的な態度で、お茶をこぼす→①とにかくお詫び ②やけど、けがの有無確認→冷やす、手当てする  ③洋服のしみ、よごれ確認→洗う、クリーニングの案内 と画一的で一方的な対応をとってしまったことがご立腹の原因でした。

もちろん、この基本的な対応方法が決まっているからこそ、迅速に対応できて大事に至らず喜ばれるケースもたくさんあります。ただすべての事例はマニュアル通りではない、ひとりひとりの声に耳をかたむけることからはじまる、ということを本当の意味で理解できた経験でした。

まとめ

接客サービスの世界は、期待や要望が十人十色、本当に100人いたら100通りの望みがあります。それに応える方法もまた無限に存在する、そんな無限大の可能性、確率の中で、接客者はどうしたら一番喜んでもらえるかを考えながら仕事をしています。
私はこう考えるようになって、接客がさらに楽しくなりました。人の気持ちの繊細さ、豊かさに触れる接客業って、大変だけど本当にやりがいのある仕事、どんなにAIが発達しても、人がやるべき仕事だと思います。